2016年03月04日

関西学院大学山中速人研究室3年進級課題番組「内地に住む沖縄人の多様性」

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担当:関西学院大学総合政策学部 堀愛美

◆トーク1
沖縄県人会に入っておられる若木光子さん。若木さんは高校までを沖縄で過ごし、関東での生活も経験して、現在関西に住んでおられます。沖縄の実家は兄弟10人の大家族、その窮屈さから自由になるため、就職の際には沖縄を出ることを選びます。心細さや大変なこともあったけれど、関東での生活は総じて楽しかったと語られます。
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◆トーク2
関東で充実した日々を送っていましたが、元々関東でずっと暮らすつもりはなかったことから21歳を迎えた頃、沖縄に帰る事を決心します。しかし、実家も沖縄での仕事も、関東での生活を経た若木さんにとっては満足のいくものではありませんでした。大阪への派遣の機会を利用して、今度は関西での生活がはじまります。派遣先の会社で起こった労働争議の影響から沖縄に帰る機会もありましたが、最終的には関西での生活を選ばれます。
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(写真は現在インターンに来ている立命館大学の学生と交流)
◆トーク3
親族から遠く離れた関西での生活は大変さもありましたが、妊娠、出産も乗り越えた若木さん。子育てもひと段落したころから沖縄への懐かしさなどから、伝統芸能などを見に行く機会が増えたと言います。自分の居場所としては関西を選ばれた若木さんですが、自分の故郷と言える場所は沖縄だけだと語られます。若木さんが沖縄で家族と過ごした時間はわずか18年ですが、それがどれだけ大きなものだったのかを感じました。
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2016年02月25日

関西学院大学山中速人研究室3年進級課題番組「内地に住む沖縄人の多様性」

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関西学院大学 総合政策学部 山中研究室 第8回 黒崎遥
タイトル:上野敏史さんに聞く沖縄で過ごした青春時代〜行ってみないと分からないたくさんのこと〜

上野先生との出会いは、私の地元である西脇高等学校の野球部で、沖縄水産高校出身の先生が活躍していらっしゃる、という話題を新聞の地域欄で読んで興味を持ってインタビューをお願いしたのがきっかけです。この番組では、沖縄出身の方々へのインタビューを中心にお届けしているのですが、今回は、人生の大切な時期を沖縄ですごし、その経験が人生にとても大きな意味をもつことになった方へのインタビューです。沖縄で得た経験を野球指導に活かす上野先生のインタビューを是非お聞きください。

◆要約1
今回インタビューさせて頂いたのは、兵庫県立西脇高等学校の保健体育科の先生であり、硬式野球部の顧問の上野敏史先生です。監督就任2年目の兵庫県大会ではベスト4に進出する実力者である上野先生は、高校生のときに沖縄県への国内留学をし、沖縄水産高校へ進学しました。上野先生は鹿児島県徳之島で生まれで、3歳の時に兵庫県に引っ越してきました。そのため、料理などは沖縄と徳之島共通のものが多かったため、あまり不安はありませんでしたが、やはりそれぞれの島に独特の文化があるため、言葉の違いには特に不安を覚えていたそうです。実際に沖縄に行ってみると、やはり言葉がはじめは全然理解できずに苦労し、兵庫県での常識も通用しないことにカルチャーショックを感じたそうです。沖縄でのそんな経験は驚きの連続でした。
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◆要約2
沖縄で友達が増えていくにつれて、徐々に沖縄の文化や言葉にも馴染んでいく事ができた先生。沖縄で出会った人たちが、仲良くなったら本当の家族のように受け入れてくれるようになった経験が、沖縄へ行って本当によかったと感じさせてくれました。高校卒業後は山口県の大学に通いながら、長期休暇になれば母校で野球の指導をしに沖縄に帰ってくるという生活を送っていました。そうして、大学卒業後は沖縄で教師になるという夢を掲げて歩き出すことになります。そうして、沖縄で1年間中学校の講師をしていましたが、いろいろな事情で、沖縄で教師を続けることが難しくなり、兵庫県に帰ることになってしまいました。しかし、一度はあきらめた教師の夢でしたが、兵庫県でまた新しい出会いがあり、もう一度教師を目指して頑張ることになります。
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◆要約3
ついに30歳の時に教員採用試験に合格し、現在の西脇高等学校に配属されました。そこでは、自らが沖縄へ行き、ものの考え方や人生観に大きく戸惑った経験、そしてしばらくするとその環境に慣れていき、自分の新しい価値観として自然に受け入れていく事ができた経験が、現在の上野先生の野球の指導の根底に生かされています。生徒達にも、自分と同じように挑戦してみて、戸惑いながら成長していってほしいと願っているそうです。沖縄で過ごした青春時代は、上野先生のものの考え方や生き方を形作るのに大きな影響を与えてくれました。私は、上野先生へのインタビューを通して、自分が知らない、行ってみないと分からない沖縄のこと、そして沖縄で学べる大切な事を知ることが出来ました。
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2016年02月23日

関西学院大学山中速人研究室3年進級課題番組「内地に住む沖縄人の多様性」

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沖縄出身同士の私と父の友人の島袋宗春さんが話す
〜沖縄県民同士だからこそ分かり合える沖縄と関西の違い〜

担当:関西学院大学総合政策学部山中速人研究室 大内大旗

沖縄出身同士の私と父の友人の島袋宗春さんが話す沖縄県民同士だからこそ分かり合える沖縄と関西の違いについてのお話しです。
30年間、大学院入学を機に島袋さんは本土へ移り住みました。沖縄から離れて、地元である沖縄を客観視できるようになり、最初に感じた違いが「…雪」!!!若いころに比べると今は耐えきれないようで、老後は沖縄でのんびり過ごしたいそうです。
また、沖縄から離れたことで沖縄県民のゆるさ、うちなーたいむ、てーげーぶりが離れてみて初めて分かったようです。しかし、そのゆるさで様々な文化を取り入れ、今のような独特な沖縄文化が誕生したのだと考えていました。
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要約2
島袋さんとお話が進む中、特に盛り上がったのが沖縄料理についてです。
島袋さんが感じた沖縄料理と本土の料理の違いは「見た目」だそうです。本土の料理は彩りまでこだわり、食卓の美を飾るところまで意識しているように感じたそうです。沖縄は「食べられればいい」というゆるさで見た目までは気にしておらず、そんなところまでてーげーな文化があります。本土と沖縄の沖縄料理の違いについてお伺いすると、沖縄県民らしい食材や味、歯ごたえなどのこだわりを見せる姿も見られました。さらに、沖縄の食文化の歴史について話してくれました。昔を生きた島袋さんだからこそ知っている、今と昔の食文化の違いや今の食文化になったことで、沖縄県民にはどのような影響が出ているのかを話してくれました。
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要約3
インタビューの最後に島袋さん自身が変わったこと、成長できたことについてお伺いました。沖縄にいたころはウチナータイムの影響で時間にルーズであったが、しっかり時間厳守が出来るようになり、仕事もてーげーでやることは本土ではもちろん通用しないことを意識し、自分の納得いくまで仕事をするようになったようです。沖縄にいたころと今の自分は違うと自信に溢れた態度で話してくれました。「人間は環境次第で生き方が変わる」島袋さんは30年前、沖縄から本土という環境を変える大きな一歩を踏み出したことで、慣れない環境の中で生活することで大きく生き方を変えました。これから沖縄から本土へ出てくる人や自分の主張がうまく出来ない人へ向けての激励の言葉のように感じ、私自身にも大きく響きました。
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