2016年02月04日

関西学院大学山中速人研究室3年進級課題番組「内地に住む沖縄人の多様性」

◆進級制作課題
内地に住む沖縄人の多様性
〜沖縄から関西、そして世界を見てきた女性、「平田薫」〜
担当:大道竣
取材相手:平田薫(関西学院大学高等教育推進センター勤務)
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チャプター1
今回、私大道竣は、関西学院大学、高等教育推進センターに勤務されている、平田薫さんにお話を伺いました。
平田薫さんは、1964年生まれのショートカットがお似合いの明るくて笑い声が素敵な女性でした。彼女は非常に活発な女性だったようです。大学に進学し、かねてから興味があった心理学を学ぶ最中、沖縄以外の人々と接することが増え、平田さんの中に「沖縄から出たい」という想いが芽生え、大学院に進学する際に関西の方にやってきました。洋上大学で中国の広州、シンガポール、マレーシア、インドネシアなど、様々な国を訪れたり、アメリカに留学したりしてその現地の人々と交流することで、「どこに行っても人はそんなに変わらない」という平田さん独特の考え方を身につけられました。
そんな平田さんとお話していく中で、私の中の「沖縄」のイメージを覆すようなお話をいくつか聞かせてもらいました。まずは、「沖縄の人は泳げない人が多い」というお話です。
戦後は沖縄にはプールが少なかったことが原因の一つだと言います。
もうひとつは、沖縄の方言である「うちなーぐち」です。沖縄生まれの平田さんは話すことができないそうです。「うちなーぐちを話せる人の方が少なくなってきている」と彼女は言います。関西弁にも大阪弁、京都弁、播州弁など種類があるように、うちなーぐちにも出身地に応じて、様々な種類があるようです。私にとって、沖縄=うちなーぐちのイメージがかなり強く、沖縄の人は皆うちなーぐちを理解し、話すことができるものだと思っていたので、うちなーぐちを話せる人数が減っているという話に非常に驚いたと共に、一つの言語文化が衰退しかけているという現状に複雑な思いをもちました。
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チャプター2
 次に、平田さんに「沖縄」についてどう感じているかを聞きました。「沖縄にはイラっとする」と話す平田さん。その理由には様々な事柄や思いが絡み合っているようで、それにも関わらず話が進まない状態の沖縄に対する不安や疑問を話してくれました。
中でも私が印象に残っているのは、「日米地位協定」ついての平田さんの見解でした。この協定では、米軍基地内ではアメリカの法令が適用されることになっているのですが、それによって、米軍の横暴が裁かれないことが多々あったようです。基地があることだけで怒っているのではなくて、そのような理不尽が積もり積もって怒っているのだと言います。沖縄の方々が何故基地をいらないと言い続けているのか、その一端を知ったような気がしました。
 そうした沖縄が抱え続けてきた状況への憤りもあって、平田さんは「沖縄から出たい、違う世界を見てみたい」と考えるようになったそうです。そして大学院に進学する際に、関西にやってきました。その時分に洋上大学で海外を回る機会を掴みました。この耳慣れない「洋上大学」とはなんなのでしょうか。平田さんに当時の経験と共に語っていただきました。
その後1992年に高等教育推進センターに就職し、96年に結婚し、そのまま98年までの2年間、アメリカに留学しました。そこでの経験が「どこに行っても人はそんなに変わらない」という現在の彼女の考え方に多かれ少なかれ影響しているといいます。

チャプター3
戦後70周年を迎えたということで、「沖縄戦」についてもお聞きしてきました。平田さんは戦後生まれですが、彼女の両親や、祖父母は実際に戦争を経験しておられます。しかし、どうやら彼女のご家族は戦時中には沖縄にいなかったようです。ご両親などから聞いた、戦時中の特殊なお話を語っていただきました。「父は久米島で母はパラオ出身のお嬢様で、母方の祖父が鰹節工場を経営していた。そこで戦争に遭い、逃げる最中に二度ほど船に穴をあけられた。」
このような壮絶なご両親、祖父母のエピソードをきいて育った平田さんは、戦争について自分自身はどのような考えをもっているのでしょうか。お話を伺いました。
「結局戦争はしたらダメ。現代人は、戦争はあるものとして捉えている節があるがそうではなくて、人と人が殺し合うなんてそんな気色の悪いことをしたらダメ。」
当たり前のようだけれども、それは、確かな言葉でした。結局は戦争をしてはいけないと、みんなわかっているはずなのに、どこかで「戦争があるのは仕方ない」と我々人間は思っているのかもしれない。そのような思いが戦争を生む種になっているのかもしれない。そんなことを考えされられると同時に、「戦争はいけない」「人と人が殺し合ってはいけない」という当たり前のことを改めて胸に刻まれたような思いでした。

チャプター4
彼女の信念は、何度もお伝えしているように「どこに行っても人はそんなに変わらない」という考え方です。沖縄だから、外国だからなど、そういう風にラベル分けして見るのではなくて、社会や環境という別の視点から物事を見る。これは、沖縄や日本だけではなく、世界各地を渡り歩き交流してきた平田さんだからこそ言える言葉ではないかと思います。私たちは無意識の内に日本人だからとか、外国人だからとか、関西人だから、沖縄人だからと、壁を作ってしまうことがあります。しかしそれはただ、生まれた場所や育った環境が違うだけで、私たちは同じ「人間」なのです。
平田さんにお会いする前は、沖縄人は関西人に比べてこうだとか、沖縄の文化はこうだとか、いわゆる「沖縄らしい」お話が聞けるものだと思っていましたが、お会いしてモノの数分で、「沖縄も関西もそんなに変わらない。人間どこいってもそんなに変わらないよ。」と平田さんがおっしゃったのを聞いてとても驚いたのを覚えています。しかし、それこそが「平田薫」という人物なのです。ステレオタイプに囚われずに物事を見るその姿勢は、活発に話すその姿と相まってとても輝いて見えました。
IMG_0238.JPG(この写真は火曜日の番組にはいつもおいでになる長田区社会福祉協議会の職員が関学の先輩という事でスタジオで話が弾んだのをパチリ!
posted by fmyy at 15:52| Comment(0) | ポッドキャスティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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